2012年5月13日日曜日

日本語の現状

日本語の現状をよく理解しとかないと、出来るだけ精度のある分析をしておかないと、言語としての維持に躓くことになるかも知れない。世界には様々な理由で消失した言語は数知れない。いやいや!言語の一つや二つ消失したところで使用する必然性がなければどうということはない。言葉は残したい欲求がある時にしか、残る芽はない。残したい思想、残したい学び、残したい心があればこその言語だから、日本語の現状がその器でなければ不要と判定されても仕方がないのだ。日本語の現状をよく理解することを誰がどのようにするのかは、その責任のありどころ、感じ方にもよるが、やり方次第では日本語の現状を後退に導くこともあるということを自覚出来ていないと結構シビアな問題です。これ迄の責任担当者たる文科省国語審議会のやってきたことは漢字の使用制限に現を抜かす事ばかりで、日本語そのものを精査しようとはしなかった。何と言う怠慢!国語政策を何ら持てなかった衆愚でしかなかった!

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