2012年5月20日日曜日
原発を考える⑴
現在の原発論議はマスコミの論調が錯綜してる如く、どこも主導している訳ではないので、逆にその一律性が気に食わないという意見もある。確かにマスコミは何れも観点が一律で同様な情報しか流してないことは事実だろう。それはそれで反省すべきだ。事実の報道が一義的であるため出所が同じであればそのような結果になるのだからマスコミの取材技術が劣化しているだけではないのか。
原発依存度を下げるのは賛成である。危険はあろう。半端でない危険なのに、いや、いきなり原子力ゼロは無茶な話だ。いや、今まで安全神話で国民を欺してきた傲慢な東京電力を許しているわけではない等々一体何を焦点に絞り込んで主張してるんだか受け手の方は混乱するばかりだ。
しかし、どの立場にも配慮した優等生の議論なんて実はありはしないのだ。立場をひとつ確立して議論に入ってこそ正しい議論が出来るのだ。
従って原発ゼロは極論という訳ではない。無知蒙昧な大衆の煽動されたっぱなしの意見という訳ではないのだ。
2012年5月19日土曜日
政治というのは矢張り手順次第か!
民主党が失敗してきたのは全てこれではないか?! 結論を出す前に既に総崩れ状態だった。危惧してたことがその通りになってしまうという何とも脇の甘さが見えすぎていた。党というのが徒党に過ぎないといって良い程度のものだったようだ。党という機能を全く生かしてなければ、政権に就いてからの官僚を生かす事も出来なかったのだろう。
2012年5月18日金曜日
沖縄問題はこうする!⑶
沖縄の独立は単なる夢想ではない!沖縄のアイデンティティーを携える人間が一丸となって、一致した意思をもってすれば不可能なことではない!そして叡智を振り絞って操船し太平洋を渡り切るのだ!もうこれ以上本土日本大和天皇制の元に恭順する必要はない!大和政府の無策愚策に翻弄され、耐える必要はない!
2012年5月17日木曜日
沖縄問題はこうする!⑵
沖縄独立は沖縄住民の意思のみで決定すべき事項です。本土の住民の意思は全く考慮しなくて良い問題です。独立は本土日本政府とは対等だが、
沖縄は日本の従属国ではありません。
ましてや近隣諸国の干渉は一切受けるものではありません。だから、沖縄にある軍備は全て接収し自分の独立の維持に使用すべきです。それぐらいの決意をもって独立は成し遂げて下さい。沖縄は全ての権利があります。
首都直下型地震に対して
首都直下型地震の被害想定はされているがそれに対する対策は無いに等しくは無いだろうか。被害甚大が想定される地域に対して、住民に対して、皆さん死んで下さいと言ってるようなものです。もう少し積極的な対策は取れないものか。遷都論なども絡めるなども考えられないだろうか?また、特定地域の強制移住なども考慮すべきかもしれない。
2012年5月16日水曜日
沖縄問題はこうする!⑴
沖縄復帰とはいったい何だったのか。沖縄は日本政府の愚策の犠牲を強いられて久しい。沖縄が米軍基地を受け容れるか否かは沖縄自身が主権を獲得して独自に決定すべきだ。過去には王朝を持った独立可能なアイデンティティーを有している。日本の体制から離脱し、外交権も分離し、独自のアイディアで太平洋を渡るべきだ。
2012年5月14日月曜日
2012年5月13日日曜日
日本語の現状
日本語の現状をよく理解しとかないと、出来るだけ精度のある分析をしておかないと、言語としての維持に躓くことになるかも知れない。世界には様々な理由で消失した言語は数知れない。いやいや!言語の一つや二つ消失したところで使用する必然性がなければどうということはない。言葉は残したい欲求がある時にしか、残る芽はない。残したい思想、残したい学び、残したい心があればこその言語だから、日本語の現状がその器でなければ不要と判定されても仕方がないのだ。日本語の現状をよく理解することを誰がどのようにするのかは、その責任のありどころ、感じ方にもよるが、やり方次第では日本語の現状を後退に導くこともあるということを自覚出来ていないと結構シビアな問題です。これ迄の責任担当者たる文科省国語審議会のやってきたことは漢字の使用制限に現を抜かす事ばかりで、日本語そのものを精査しようとはしなかった。何と言う怠慢!国語政策を何ら持てなかった衆愚でしかなかった!
強いイニシアティブと弱いイニシアティブ
或システムがその構造故に働きが鈍る時、イニシアティブを発揮するよう要請が掛かる。ところが、イニシアティブを発揮すべき担当者が自分の位置を計りかねて、すべきことをほぼサボタージュしてしまう時がある。公益のためには担当者を辞めさせるにはそれなりの手続きで辞めてもらうしかないが、大概はその地位に連綿とする態度をとるものだ。露骨に辞めろと言うと、地位には連綿と致しませんがと言い訳がましい。やはり彼等は地位というものに明らかに居心地の良さを感じていたと解る。イニシアティブを発揮出来るよう風通しを良くしても良いし、辞めさせやすくするために扉全開にしても良いし、そこにズカズカと足を踏み入れる必要がでてくるだろう。
やっぱり口約束は口約束にしかすぎない!
一度マニフェスト破棄をした指導者に増税を撤回する気がないことはもうはっきりしてるではないか?!さっさと諦めてこの党を見限ったらどうなんでしょうか?!税と社会保障の一体改革とは決して同時改革とは言ってない!どちらを先に手を付けるともいつ手を付けるとも言ってないのがこのオオカミ少年の巧みなところなのだ。又この人は政治家同士の語りはすることはあっても、民衆に訴える術を知らない、しようとしない。
2012年5月11日金曜日
生活習慣病の蔓延はかなり政治的無策だ!
生活習慣病の蔓延は政治的無策と言って良い!
人の脳がこれ程弱い構造だとは、自分と周辺に起こったこと等を考えると、この状況に対策を講じないままなのは、無策以上に犯罪的と言って良いくらいである。生活習慣病は個人的な嗜好以上の問題と捉えた地域(長野県行政)もあるのだから、問題意識は既に提出されているではないか!個人的な嗜好と責任だけの問題ではどうしても思えないのだ!
生活習慣病と言うからには嗜好を偏らせる食品の一食あたりの塩分濃度の制限を法的に定める方法も考えて良いのだ!
一日の摂取量に関しては個人の裁量、責任しかないが、製造、販売に関しては行政が介入する余地はあると言って良い。
2012年5月9日水曜日
経産省の東電に対するはほぼ援交に等しい!
東電の提出した再建計画書鵜呑みにして枝野経産相は承認したとなっている。どう言う内容で、どう言う理屈で東電野放しにするのか解りません!こちらから全く見えないですよ!経産省が東電に援助交際する様なもんじゃないですか!援交の原資は何処から出てるか解ってんだろうな‼
2012年5月6日日曜日
領土問題はこうする!⑵
どうしても帰属の問題が解決出来ない時には第三国委任統治が昔はあったが、全く縁もゆかりもない第三国が乗り込んで来てもその第三国自身にベネフィットがなければ責任ある管理すら期待出来ない。又、積極的に双方共に国際司法裁判所に提訴を早期に行ない懸案を処理、解決する様に努力する。
解決の方法は最終的にどちらかに帰属するべきとの判断の他に共同管理権を認める選択肢を留保すべきです。共同管理を積極的に活用し、相互に乗り入れて双方共利益を享受すべきである。紛争を起こすより遥かに利益があるのだ。
2012年5月5日土曜日
このブログの基本的立脚点
一国的イデオロギーに屈しない。
※左翼の手を付けたがらない一国としての責任を放棄しない。
※過去の一国的事業の敗北の責任を右翼に問う。
※極東の複数国内の底辺に虐げられる弱者の視点を自律へ向けて掘り起こす。
※極東の範囲に属さずとも、極東と問題共有する地域とは同時的な連携を対等に共有する。
2012年5月4日金曜日
もう一度福島原発事故を考える!
※東京電力は真っ先に自ら汚染を調査したか、あるいは第三者を介してでも調査を行なったのか。どう実態把握に努めたか?
※汚染の調査は日本の領土だけではないのではないのか、近隣諸国、更には地球規模で調査する用意はあるのか。地球汚染という概念は持てなかったのか?
※津波以外のリスクをどの内容で想定できているのか?リスクは津波だけではない筈!
領土問題はこうする!
日本に限らず近隣諸国共々領土問題を抱えてているが、領土は国益という視点に立てば譲れない問題の筆頭です。矛を納める場所がないと言ったところです。多少間違いを承知している事があっても、面子があるから引くに引けないのだ。お互い落とし所が見つからないまま、時間だけが過ぎて行くのだ。
しかし、お互いに国内に不満が鬱積すればこれを解消しようとする力学が生じ、不満を満足させる方向に行かざるを得ない事にもなるだろう。このような外交関係の解決方法は他所に学ぶしかないことを其々の当事者は腹をくくる必要があるのだ。丁度見合う例が見つからなければ、共通の利害を探る努力が必要になってくるのだ。これは紛争ではない。絶対してはならない。無益である。
2012年5月3日木曜日
このブログについて
極東とは随分古めかしい括りですよね。日本ではなく日本語使用者に対しての意味合いを込めています。日本人というと政治的な意味合いを感じてしまう私は自らの表現は日本語しかないという矛盾を抱えたまま表現せざるを得ないのです。では、何故日本人が政治的な意味合いをもつのか。日本も日本人も明治以来、あるいはずっと古く大化の改新以来かもしれない、いや!はっきり明治維新を迎えて以来近代国家製造過程に必須であった運動の為の道具化されたイデオロギーだったし、今でも衰えてはいない。日本語とい言葉だってそうじゃないか?その通り!しかし、消極的選択であろうと、言葉が私と共に光を放つものであれば、何語であろうとそれを選択するまで。近代国家製造過程に必須であった運動の為の道具化されたイデオロギーとはどう言う困った事があるのか?それでは、基盤的思考には向いてない!括りが中途半端に狭すぎて、無理でしょう?
これは右翼も左翼もありません。右翼は60年前の括りが崩壊したことに対する自省を忘れて、責任放棄してしまってるし、左翼は運動の拡大とか過程に気を奪われて成すべきことを忘れてしまってる。右翼は自分の出自の探り方が鎌倉時代あたりの方法と一歩も進展が見られないし、左翼は挫折の言い訳を探し続けることがアリバイ作りになって何もしてないのだ。「極東の星座」は星と星を繋ぎ超新星座を観るのだ!星座を作る志は手を伸ばすのだ!右は右手で結構!左は左手で結構!自らの手をぐいっと伸ばせ!
星座はひとり日本人の枠で輝くものではなく、天を仰ぐもの総てに輝くものと信じます。
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